選べないよね。

広島のことだけ書いて、長崎に触れないのは、何だかフェアではない気がして、わたし自身は長崎には行ったことはないけど、今のわたしが書ける範囲で書くことにした。今は病気がひどいので、どう考えても無理だけど、いつか長崎にも行ってみたい。家族は長崎に行ったことあるけど、タイトすぎるツアーで、平和公園には行けなかったそうなので、一緒に行くのもいいかもしれない。休みが合えばだけども。いつになることやら。それまで頑張って生きなきゃなあと思う。病気に殺されてる場合じゃない。

体感的には、自分が小学生とか中学生のころより、原爆の日の特集番組って、かなり減ったなあと思うことがある。昔は、毎年、怖がりながらテレビを見て、もし自分がもっと前に広島や長崎に生まれてて、被爆していたらと考えると、なかなか寝付けなかった。ただ、たまたまわたしが生まれたのが、戦争よりもっと後で、たまたま広島や長崎ではなかっただけで、たったそれだけのことで、こんなにも違う人生を送っている。そもそも、生まれる時代も場所も、誰も自分では選べない。よね?スピリチュアルな方面の人にとっては違うかもだけど。まあ、わたしは正直スピリチュアル的なものは信じてないので、あれなんですけど。

みなさんご存じだと思うけど、長崎の原爆は、当初の計画では小倉に落ちる予定だった。昔、映画館でたまたま隣になったご婦人と世間話をしていたら、小倉出身の戦中世代の人で、長崎の話になり、天気が良ければ、自分が本当は被爆していたと思うと言っていた。その人は、言いながら、ずっと涙をこらえていた。それはもうその人のせいでは全くないのだけれど、長崎の人には、申し訳ない気持ちがあると言っていた。気の利いたことは何も言えなかった。ひとしきり話をして、握手をして別れた。今、その人がご健在かどうかもわからないけれど、未だにその言葉が忘れられない。