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草間彌生さんの展覧会に行ったら、大ダメージを受けた。

ツイッターでもちょっと書きましたが、草間彌生さんの展覧会で、ほんとやりきれない気持ちになったので、申し訳ないですが、ちょっと書きますね。読めばわかると思うけど、草間さんや主催者側は全く悪くないです。そういう趣旨の話ではないです。むしろ、行けて良かったし、やってくれてありがとうという気持ちであります。あと、教養程度しか芸術に詳しくないので、間違ってることも多分あると思いますが、間違ったこと書いてたら、コメントなどでご指摘ください。よろしくお願いします。よし、安定的に前置き長い。ごめん。

草間さんは、病気や障害を持ちながらアマチュアで創作活動をするわたしにとって、憧れ的な存在です。すごいと思う。ほんと尊敬してます。病気が何だろうが、病気でごりごりエネルギーをハンパなく削られながらも、あれだけエネルギッシュに芸術に向き合えるのは、わたしの知る限りでは、ものすごく非凡なことだと思っています。ご本人の音声も収録されているイヤホンガイドも借りたけど、もうご高齢ですが、ほんとしっかりされてるなとつくづく感心しました。わたしは、この数年、家で介護を手伝っているんですけど、あれは並大抵の努力ではないと感じます。草間さんの場合は、芸術という生きがいがとても大きくあって、いわゆる一般的な高齢者と比べるのはフェアじゃないのかもしれませんが。でも、すごい。

みなさんご存じの通り、草間さんの病気は、差別や偏見がとても残っている病気で、気が狂ってるとかキチガイとか、一般の人にはそう思われやすい性質のものです。ほんとのところは、異常と正常は、連続体のグラデーションのようなもので、完全に異常というものもなく、逆に、完全に正常というものもない、つまり異常と正常は、断絶してないという意見を見たこともありますが、個人的には、それは正しいと思います。めんどくさい書き方でごめんだけど、どんだけ正常と言われる人でも、異常な部分を持ってたりするし、逆もまた同じらしいんですね。すべてが異常と言うわけでもないと。草間さんは、病気の性質上、異常と言われやすい人です。でも、草間さんの著作とかいくつか読みましたけど、わたしには、草間さんは異常には見えませんでした。むしろ、とても理知的で、かなり戦略的です。少女のようでありながら、したたかな人だと思いました。わたしだけかな。まあ、イヤホンガイドで、いきなり自作の歌とか歌われると、そりゃびっくりするけどさ、でも、わたしはそれをもって異常だとは思いませんでした。面白い人だなと、個人的には思いました。他の人がどう思ってるかはわかんないけど。

まあ、でも、問題はイヤホンガイドではなくて、会場内でたまたま聞いてしまった言葉です。「キチガイだから描けるんだね」とか「やっぱりこのひとは気が狂ってる」とか。正直、やめてくれよと思いました。それまですごく楽しく展示を見ていたのに、冷や水をぶっかけられた気持ちになりました。確かに、草間さんは病気です。代表作の水玉模様は、病気由来のものです。それは知ってる。わたしが言わなくても、多分、みんなも知ってると思うけど。でも、じゃあ、それはキチガイだから?気が狂ってるから?どの著作か忘れてごめんなんですが、単に、病気の症状を描いたり、病気の苦しさを和らげるために、生きるために描いたものではなかったの?それを、なぜキチガイとか気が狂ってるとか、そんな言葉に落とし込んでしまうのか、わたしにはわかりませんでした。その人たちは、一周回って、誉めてるつもりなのかもしれないけど、「キチガイなのにすごい」とか、「気が狂ってるのにすごい」とか、それって全然誉めてなくね?偏見や差別とどう違うの?むしろ、こっちが聞いてて恥ずかしかったです。病気の人に対して、ものすごい上から目線じゃないかと思いました。それに、一生自分には関わりないと思ってんだろうなと。その神経がすごいなと、ある意味で感心しました。無知ってすげえ。皮肉すぎた?ごめん。自分のことじゃないのに、激怒してる自分が、自分自身、ある意味滑稽でもあるんですが。草間さんも、こういう反応、想定してると思うし、何なら今までだって絶対たくさんあったと思うんですよ。想像だけど。そんな中、草間さんが今まで闘ってきた歴史の重みを考えると、ほんとにすごいと思う。悲しかったこともたくさんたくさんあると思います。逆に、偏見や差別をしたたかに利用してる面もあると思いますが。

言いたくないけど、病気についての理解が進んでない現状では、良くはないけど仕方ない面もあるし。このままでいいとは、全く思わないですが。言ってた人も悪気はないと思うんだけど、ほんと引っ掛かりました。長文でごめん。展覧会自体は、ほんと良かったです!興味ある方はぜひ!

フラッシュバックみたいな。

今日ももりもり参りましょう。タイトルに書きましたが、フラッシュバックについてです。

まず、前提として、主にわたしは家族から病気とか障害とか色んな要因で不適切な養育をされてきた時期が結構長くありまして、もう成人してだいぶ経ちますが、未だに当時されたこととか言われたこととかつらかったことがフラッシュバックみたいに、ちょう鮮明によみがえってくるときがあります。まー、これがほんと苦しくてですね、泣けて泣けて仕方ないわけなんですね。過去だから、もうその出来事を変えることはできないし、もちろんそのときの自分を助けにいくこともできません。ちょう無力感感じます。

普段は、ほんと仲良く家族してるので大丈夫なんですが、ほんとたまに自分自身わけのわからん地雷を踏んでしまうことがありまして。自分の地雷を自分で踏んでるので、滑稽な感じもするんですが、まあ地中に埋まってるので、全然わかんないことが多いんですね。わたしの場合。ほんと不自由。

その上、病気と障害持ちなので、どこからどうすれば?みたいな話ではあるんですが、とりあえず、わたしの場合は、とにかく文章にすることで、書いてるうちに冷静になってくるという部分があります。あとは、歌うの好きだから、ユニゾンとか歌ってると、わりとすっきりします。

いずれにせよ、それはまあいわゆる対症療法みたいなもので、結局過去は消えないので、何度もかさぶたができたり、取れちゃったり、いつの間にか治ったり、他に隠れてた別のがあったりもするわけなんですが、それも含めて、生きてる感覚はすごくあります。そんな感覚いらんけど。まじで。

何度か書きましたけど、自分自身で試行錯誤した結果、失敗することもありますけど、過去は過去なんですよね。言い換えれば、過去は過去でしかない。半ばヤケクソですが、こうなったら、意味付け自体を変えたらいいのでは?と。当時は自分は無力で、自分を守ることができなかったけど、同じことがあったら、前よりも対処できるのでは?むしろ、どうやって対処するか、徹底的に考えて、イメトレしてやろう。そう思ったら、もういいやと。変えられなくて悲しいけど、悲しみ尽くすとわりと次行けるもんだなーと思いました。フラッシュバックに悩んでる全員に効く方法じゃないと思うんですけど。今日、久しぶりにフラッシュバックやらかして、やっぱり対処はほんと難しいけど、過去は過去なんで、今を生きたいなと個人的には思いました。ここまで来るのに、10年くらいかかってる気がする…。

どんどんアセクシャルになってきている。

全年齢向けのブログなので、書けないことも色々ありますが、しばらく前から、いわゆるプラトニックな関係で満足してしまうことが大半です。大好きな人は、運のいいことに、男女問わず何人かいて、自分の中では、大好きを通り越して、存在そのものを愛してるみたいな感じです。こういうと気持ち悪くもありますが。まあ、そのくらい好きなんですよね。恋愛関係になってる人はいないけど、恋愛通り越して、疑似家族みたいな関係性の人が、何人かいます。色々体験してわかったんですけど、わたしの場合は、疑似家族みたいな関係性の方が性に合うので、両片想いみたいな人とかいるんですけど、今はあえて疑似家族しています。我ながら、ひどい。ごめん。

疑似家族はちょうウェルカムなんですけど、昔から、恋愛にうまく馴染めませんでした。付き合うとか、個人的にはなんか不自由さを感じて、息苦しかったり、男性との性的接触にトラウマがあって、できれば避けたいと思ったりしていたので、今は疑似家族の方がありがたいです。性的接触に関しては、女性にはトラウマがないので、異性婚より同性婚の方がハードル低いと思ってるんですが、まあ、まず、現状、同性婚が法律上できないので、今後の政治情勢次第ではあります。わたしもできることから頑張りたいです。

ユニゾンのライブ行って、たかおさんにぶちのめされた件。

いやー、我ながら、今更何ヵ月前の話してんのかという件ですが、イジーのツアーの中盤に、ライブ中に耳が壊れました。ツイッターで何度か書いたので、覚えてる方もいらっしゃいますね。きっと。

ニゾンをdisる意図は全くないのですが、ロックバンドのライブって、最前ブロックやばいなと。下手のスピーカー前にいたので、特に左耳が。何度か書いてますが、もともと聴覚過敏なので、大きい音は苦手なんです。ユニゾンを好きになる以前は、ロックバンドのライブに行ってみたことがなく、スタンディングもほとんど慣れてなくて、一曲目が始まった瞬間に体当たりして激しく踊りまくる人がいることも知らなかったです。でも、こういうのは、あのときだけなのかなという気もしてきたけど。逃げ場がなくて、結構怖かったですね…。

まあ、それは置いといても、大きな音が苦手なのになぜ最前ブロックに行ったのかと言うと、連れがいつも最前で見る人で、番号も若かったし、近くで見てみたいなと思って、ほいほいついていったのが原因です。いつもは、真ん中かもっと後ろで見てました。だから、耳も特に不調にはならなかったし、耳鳴りがしても、しばらくしたらすぐ治まっていたんですね。それもあって、実は最前大丈夫なんじゃね?!みたいなことを思ってしまったんですよ…ほんと出来心ですよね…。

それで、結局、始まって一時間も経たないうちから、この音量無理だわ…一刻も早くここから離れたいと思い、夢中で見てた連れにラインして、一旦会場の外に出ました。扉を出たところに、優しいスタッフさんがいて、椅子に座らせてくれたり、水をくれたりして、大変感謝しているのですが、扉の向こうでは大音量で音楽やってるのが、かなり伝わってくるんですよ。そのときは、この距離でもダメだったんです。とてもじゃないけど、耐えられなかったので、スタッフさんにお礼をして、早々に立ち去りました。これがきっかけで、後日、ライブ用の耳栓を購入しました。ライブよく行く人は、ほんと気を付けてください。スピーカー前は、場合によっては、耳が爆死します。わたしは、早めに会場を出たので、聴力が元に戻りました。最後まで見たかったので、すごく悔しかったですけどね…一生忘れられない気がします。

もともとイジーは、途中退席したものも含めて、ざっくりわけて、ツアーの前半、中盤、後半の3公演に参加しました。後半の公演は、発券したときにすごくびっくりしたんですが、前から4列目だったので、嬉しかったけど、耳はほんとどうしようと不安で仕方なかったです。贅沢な悩みだなあとは思いますが、これ以上耳を壊すわけにもいかず、ばっちり耳栓をして行きました。ライブ終わるまで、無駄にすげえドキドキした。耳栓してても、やっぱり耳に来るところもあるし、気が気じゃなくて、近くで見れてすごく嬉しかったけど、ほんと何しに来たんだろうというくらい、疲れました。

そこでわかったのが、わたしの場合、一番ドラムがやばいということです。途中退席した公演では、ギターの音がつらかったんですが、後半の公演では耳栓のおかげで、ギターはほとんど大丈夫でした。でも、ドラムは、首筋から胸にかけて、かなりの振動が伝わってきて、たかおさんのパッションをこれでもかというくらいに感じました。息をするのが苦しかったです。それくらいにすごかったです。耳栓ではどうにもならないところなので、ちょっと絶望しました。こんなわたしは、もうこれ以上ユニゾンのライブに参加できないのでは?とか思ったりしました。病気で体力とかあんまりなかったせいもあるけど。たかおさんすごすぎた。この一言に尽きます。行って良かった(ドM)。

それから、ユニゾンのライブには行っていません。まだ怖いなあという気持ちもあります。耳栓すればいいじゃんと思ってるのですが、たかおさんのドラムのことを考えると、なるべく後ろの方で見たいと思っています。それでもダメだったら、CDとDVDで楽しむしかないかなと。ユニゾンのことは、ずっと好きでいたいので、今後はライブはどうしたもんかなあと思ってはいます。めっちゃ行きたいんですけどね…。

たぶちさん、まじ鬼畜(褒めてる)。

今日はすごい文章書けるので、もうひとつユニゾンの話題、行きまーす!よろしくお願いしまーす!セクマイのことも忘れてませんよ!大丈夫です!

前回もちらっと書いたように、わたしは、さいとうさんのポテンシャルが相当やばいやつだと思っているわけですが、そこにたぶちさんが難易度ちょう高い曲をぶつけてくるわけじゃないですか。たかおさんもいい意味で歌に譲るということをしないように見えるので、要は三者のぶつかり合いですよね。ギリギリの調和というか、それがユニゾンだと、個人的には思っているんですけど、最近の曲だとミックスジュースがやばさの極限だと思うんですよ。息継ぎできる間が極端に短くて、でも、声を張らなければ伝わらない。その上、ギターも弾くわけで、ロックを突き抜けて、曲芸みたいな感じだなあと思ってしまいました。失礼ながら。スクールオブロックでも、ミックスジュースのライブ音源を流してましたけど、最後のところ、歌うの苦しいんですよね。わたしも自己満足で何度か歌ってみたけど、音が詰まりすぎてて、息継ぎが大変タイトなことになっておりました。深呼吸したくなる。たぶちさん、まじ鬼畜(褒めてる)。CD音源だとわかりにくいですが、ライブとかで歌うのは、ほんと大変だと思います。わたしだったら、正直他の曲にしたい。それくらいには、大変な曲だと思います。すごく好きなんですけど、さいとうさんが大変。でも、聴きたいんですよね。ジレンマ。

さいとうさん、わたしの知る限り、ストイックな人だから、こんなこと言われるのは微妙だろうと思うんですけど。この曲に限らずですけど、いつもものすごいものを見せてもらってるなと感じます。ほんと喉気を付けてほしいなあ。またポリープできたら、と思うだけで怖いですね。たくさんライブしてくれるのはすごく嬉しいけど、喉ほんと大事。息継ぎもほんと大事ですね。たぶちさんは、息継ぎ嫌いらしいですけど。まじ鬼畜(褒めてる)。それも歌いこなせると、すごく楽しいんですよね。そこまでが大変ですけども。たぶちさんの曲は、ほんとやりがいがハンパないです。中毒性がありますね。

それにしても、さいとうさんのことばっか書いてますね。一応、ファンになりたてのころは、たぶちさんが一番好きだったんですが。そこから、気がついたら、いわゆる箱推しになってました。いやー、沼は深いですね。

ユニゾン好きとか言ってるわりに、全然書いてなかった。

いやーまじこの話題、ここでははじめてっすね!ツイッターでは、たまに書いてるけど、頻度は高くないので、ユニゾン関連のフォロワーさんには、申し訳ないです。しんどいときが多いから、病気の話題が多くてねえ…。各方面にすみません!

前置き長いな。そうです、今回のメインはユニゾンの話題ですね。ユニゾン知らない方に一言だけ補足しとくと、ほんとは、横文字でかっこいいバンド名なんですけど、長いので単にユニゾンとだけ書いてます。色々と不親切でごめん。

そんなユニゾンを知った経緯としましては、完全に家族の影響です。家族は、タイバニを見てて、結果的にユニゾンを知り、まあつまりオリオンのころからユニゾンが好きらしく、わたし自身は、オリオンは知らなかったんですが、家族はすごくハマっていました。でも、それ後で知った。遅かった。

その数年後、家族と一緒に出掛けたとき、車の中で夜な夜なを大音響でかけていたんですね。ダグアウトが出たあたりです。わたしは昔から聴覚過敏なので、夜な夜なを大音響で聴くのは、正直微妙な心境だったんですが、聴いているうちに、妙に耳に残るし、歌詞が不思議だと思ったし、これはなんだろうみたいな感じで、まあなんか色々考えながら聴いていました。長いような、短いような、不思議な時間でした。そして、曲が終わると、もう一度聴きたいとごく自然に思いました。今から思うと、多分、それがユニゾンを好きになったきっかけです。

夜な夜なが好きだと言ったら、家族が帰宅してから、ダグアウトを貸してくれました。そこではじめてライブ映像も見て、今まで好きになったアーティストと全然違うことに気づきました。それまでは、こんなにテンポの速いゴリゴリの邦楽のロックバンドを聴いたことがあまりなくて、こんな早くてもギター弾きながらでもこんなに歌えるんだ?!とびっくりした覚えがあります。そんな人、見たことがありませんでした。さいとうさんやばい。あと、言うまでもなく、メロディーとかすごくキャッチーで、夜な夜なも一回聴いたら断片的に覚えてしまったので、作曲者の才能も感じました。たぶちさんすごい。それに、ドラムがなんかすごいパッションを感じました。たかおさんぱねえ。

わたしは、アマチュアで小説やエッセイを書いてるんですが、それと同じくらい自己満足で歌うことが好きで、ほぼ毎日色んな曲を一人で歌っております。単なる物好きです。完全なる自己満足です。カラオケは年に数回しか行かないんですけど、ありがたいことに、住宅事情かたまたま良かったんですね。だから、夜な夜なをどんなに大変か体感するために歌ってみたんですね。結論としては、慣れてないと、曲自体がすげえ早いし、息継ぎすくなくてタイミングが難しい。抽象的な歌詞なので、覚えにくい箇所がある。ほんとにこのボーカルの人はよくやっているなと思いました。一応、個人的には、ユニゾン全員のファンなんですが、思わず、さいとうさんのファンになりかけました。あれはすげえよなあ…。

 

競争から降りられない。

数日前に、発達障害のお子さんを持つお母さんらしき人のツイートを見て、なんかすごくもやっとした。そのときはうまく言語化できなくて、結局そのツイートが誰の発言だったのかも、詳しい内容ももう覚えていないけれど、わたしの場合、病気や障害を持ちながら社会に適応するために頑張りすぎて壊れたのに、ほんとはもっともっと頑張らないといけないのかと絶望したことだけ覚えている。わたしは発達障害ではないけど、家族がグレーゾーンなので、勉強のために、よく発達障害関連の人たちをフォローしているけど、その発言はなんかグサッと刺さってしまった。別の障害を持つ人間として、すごく胸に痛かった。言葉にするのは難しいけど、明確な痛みを感じた。

でも、その発言自体は正しい。健常者と同じ土俵で戦うためには、障害というハンデを抱えながらも、健常者以上に努力しないといけないときがある。わたし自身もずっとそうしてきたし、そこで苦しんでいる人も多い。生きるのは、どれだけ人間は平等だと言ったところで、その本質は競争だ。そして、それは完全に降りることができない性質のものだ。今日から一切競争しませんと宣言したところで、それが達成できるかはかなり怪しいと、わたしは思う。大体、人間が生きていくためには、お金やその他諸々がどうしても必要になるし、それはある一定の競争や基準をクリアした上で、手に入る場合が多い。生活保護だって、基準に合致するか、審査や選別がある。その是非は置いておいても、水際で受け付けてもらえない場合も多い。

それを考えると、やはり、競争を勝ち抜くためには、障害があろうと、努力しないと何ともならない場合がある。それはわかる。人間の生活は、概ねそういう感じで回っている。少なくともわたしはそう思う。間違ってるかもしれんけど。とりあえず、わたしはそういう価値観で生きてきた。過去形なのは、そうやって競争ばかり繰り返しているうちに、病気や障害がひどくなって、競争ができなくなって、ドロップアウトしたからだ。幸いにも、わたしにはある程度の貯蓄があったので、即、生死に関わるほどのダメージは受けなかった。貯金まじ大事。病気や障害持ちの人はほんと特に大事。過去の自分に感謝した。まじで。なんか話がずれてきたな。

元に戻すと、わたしは生存競争に負けた。正確に言うと、今のところ、負けている。このまま病気や障害が良くならなければ、公的扶助に頼るしかない。でも、それだって、確実に受けられるという保証はない。申請が通らないとか、水際でハネられるとか、そもそも病気の悪化で援助を受ける前に死んでいるかもしれない。いや、冗談じゃないよ。そこまで考えると、いつもわたしはもう一度、競争がしたいと心底思う。思うけれど、倒れる前以上に頑張れる気がしない。受けたダメージが大きすぎて、今現在もドクターストップがかかったままだ。病気や障害を持ちながら、頑張って、頑張って、頑張った結果がこれだ。笑えない。ここを読んでる人は、頑張りすぎないように、気を付けてください。取り返しがつかないことがあるかもしれません。それでも、頑張らないと生きていけない場合も多いんだけど。そういう経緯もあって、障害を持ってても、頑張り続けないといけないという趣旨のツイートは、ものすごく刺さった。頑張りが足りなかったのではないか、ほんとはもっと頑張れたんじゃないか。そう思った。

それと同時に、病気や障害を持ってても、健常者以上に頑張らないといけないというのは、ある意味でおかしいのではないかとわたしは思う。やってみてわかったけど、物理的に無理。それぞれの状態に合わせて働けたらと思う。本音を言うと、水曜日は休みがほしい。プレミアムフライデーより、水曜日…。